住むと暮らす


ついに先週末、前の家を退去してきた。
桜が満開だった。

どうして、もう何十回も迎える春なのに、こうも桜が咲くと心躍るんだろう。



とっくに引越しは済んでいたのだけど、ついに鍵を返して空っぽになった部屋に最後の別れを告げてきた。もうあのマンションに入ったら不法侵入...。そう思うとやっぱりじんわり悲しい。

思えば新しい家へ引っ越して1週間くらいは、結構メンタルがやられていて、初めの3日間くらい毎晩泣いていた。

思えば思うほど、素敵なエリアだったのだ。
いつも明るくチャイを入れてくれるカフェの店主(一緒にご飯に行くくらい仲良くなった)、
滝藤賢一さん似の店員さんがいる花屋さん(私は勝手に滝藤さんと呼んでいる)、
いつもテイクアウトをするスリランカカレー屋さん(混みすぎてて並ばないとイートインできない)、などなど。些細な出来事は日々の「当たり前」として生活に溶け込んでしまっているので、こういうのが思い出となってしまうのがつらい(大袈裟だけど)。

私こんなに繊細だったっけ・・・!
色んな思い出がぐるぐると頭から離れなくて、前の家と今の家を比較してしまい、落ち込んでいた(今はだいぶマシになったのだけど)。

ちょっと前に、インスタでフォローしている方の投稿を思い出した。
インテリアやお家について投稿している方で、二件目のお家を買って引っ越した後の投稿だった。


実はこれは私がよくやってしまうミスでして、去年の夏に5年ぶり2軒目になる今回の家に購入申し込みをしたばかりの頃にも、突然私の頭の中に「資産性が下がった!!!!!!!!」という言葉がぼっかーんと浮かんだ。

〜中略〜

そのことに突然焦ってパニックになっていたのだけど、そもそも今回は見込める価格上昇額ではなく犬や子供との生活がしやすいということを最優先と自分たちで決めて、散々探して納得して購入したんだった。
いつの間にか前の家と比べてマイナスポイントをぼっかーんと取り上げていた。この革靴、ランニングに行くと足が痛いんですけど!!みたいな。このスカート、股が縫われてないんですけど!!みたいな。この牛丼屋さんパスタないんですけど!!みたいな(一生懸命たくさん例えましたけど、合ってる?)。
またこういうことはありそうだから、これを読んでいるであろう夫へ、気づいたらぜひ突っ込んでほしい。
nnkqi_さんのinstagramより)

めっちゃおもしろい、わかりやすい。
パニクってお父様に電話したら、「今回は違う買い物をしたんだから、そりゃそうやんか」と言われたらしい。

状況は全然違うけど。パニックまではいかないまでも自分で決めたことながら、なんだか気持ちが追いついていなかったのだ。
散々悩んでだけど正直そんなに選ベる状況でもなく、でも早く引っ越したくて、ノリと勢いで決めたところも多かったのかもしれない。今となればもう少し吟味しても良かったのかもしれない、とか、あのとき内覧ができてあそこに引っ越していれば、、、とかとかタラレバの沼にハマっていた。いや、マシになってきたとはいえ今もハマっている。

私はあの街で暮らしてたのだ。ただ住んでいたんじゃない。
会いたい人たちがいて、行きつけの病院があって、検索しなくても家から都内目的地へは大体の距離感(乗り換え)がわかって、自分がどう動けばスムーズに心地よく生活できるか染み付いていたから、心地が良かったのだ。

こうやって少しだけど自分の気持ちを整理することができて、少し落ち着いた。寂しさは薄れれないけど(しつこい)、ちょっと落ち着いた。
1年半過ごしただけのトロントでさえこんなに引きずるんだから、6年近く住んだら仕方ない。そう思いばいいのかなと思えてきた。

ただ「住む」のと、根を張って「暮らす」というのは違うものなんだなぁと思った。

トロントにいつか帰る、なんて思ってた私が、都内に家を買った。
それは自分が一番びっくりしている。
(家の購入は人によっていろいろあるだろうけどここでは割愛します。)

それは諦めではなく、前に書いた通り『フィジカルじゃなくてもいい』と自分が納得できる状態までになったから。今ここに書いていて改めて思った。

長かったなぁ。
ちょっと成長したなぁ。

昔からこのブログを知っている人は、私が割と女々しいにということはお分かりのはず。笑
この間、ワーホリ時代に読んでいたという方がコメントしてくれてとても嬉しかった!



今月は大好きな人たちが京都で結婚式をするの。
このブログにも何回か出てた人たちが京都に集まる。
今から胸がいっぱいだ。

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